「卵子凍結」。言葉自体を耳にする機会が増えても、クリニックに行くのが怖かったり、どんな体験が待っているのかが想像できない人も多くいるはずです。この連載では、実際に卵子凍結をした女性からその経験を聞き、それによる気持ちやライフスタイルの変化、そしてその卵子により妊娠・出産に至ったのかどうかなどを聞きます。
vol.1に登場いただくのは、現在4歳の子どもを持つ母親である、佐藤裕子さん。前編では、がむしゃらに働いていた20代に「子どもが欲しい」と離婚を切り出されたこと、独身ライフを謳歌した後卵子凍結を決心したことをお話いただきました。後編では、卵子凍結についてと、その卵子を融解して不妊治療を行うまでのことを聞きます。
※本記事には、第三者からの精子提供についてのエピソードが含まれます。
同意書を渡されてはじめて知った、高額な卵子凍結の総額

──卵子凍結を決意した佐藤さん。クリニックはどう選びましたか?
卵子凍結のことを話してくれた友達の紹介で、同じクリニックに行きました。当時は卵子凍結を行っているクリニックが今ほどたくさんありませんでした。数少ないクリニックの中でも、大手と言われているところです。
──採卵までの間で、印象に残っていることはありますか?
一番驚いたのは、卵子凍結にかかるお金の総額を知った時です。きちんとしたお金の説明がないまま、注意事項などを話されて「じゃあ、やるってことでいですね?」と分厚い同意書を渡されました。
この同意書の4ページ目あたりに、総額が書いてありました。「こんなにわかりづらいの?」と内心思いながら総額を見て、その高さにびっくり。治療費と薬代で23万円、採卵で22万円、凍結費が10万円で,
総額50万円を超える金額が記載されていました。
──高いと思ったけれど、そこで止めなかったのはなぜなのでしょう。
説明も受けてしまった手前、止めますと言い出せなかったのと、高額とはいえ、貯金で払える金額だったからです。
局所麻酔で採卵。自分の卵子を見たことで、子どもが欲しくなった

──採卵のときのことを教えてください。
局所麻酔を選び、ほとんど何も感じませんでした。(※1)意識はあるので、採卵中は時間を持てあまして、手術室にあるモニターに自分の卵子が映っているのを眺めていました。卵子が映し出され「これを採りますよ」と声をかけられると採卵されていきます。その時は、「面白いなあ」「この中に、いつか私の子になる卵子があるのか」という気持ちでした。
採卵結果は、10個の卵子を採ることができました。そして、そのうち9個を凍結することができました。年齢を考えると、悪くない結果だと思いました。「これで保険がかかった!」(※2)と。
※1痛みには個人差があり、全身麻酔を選択できるクリニックが多くあります。
※2取材対象者のその時の気持ちを記載しています。一般的に35歳で卵子凍結し、赤ちゃん1人を授かるには少なくとも20個の卵子凍結が必要だと考えるクリニックが多いです。
──この採卵が大きな転機になったとか。
帰り道、モニターに映る卵子のことを思い返していました。「そうか、あれが受精すると、子どもになるのか」と繰り返し考えているうちに、それまでざっくりしていた「子どもを持つ」ことが急にはっきりと想像できるようになりました。卵子をこの目で見たことで、突然将来の子どもに愛着を感じるようになったのです。
「あ、子どもが欲しいかも。でも、卵子だけじゃ、子どもにならないじゃん」
それから、「どんな人の子どもなら欲しいかな」と考えるようになりました。卵子凍結をしたことで、パートナーが欲しいというよりは、子どもをつくるもうひとつのピースである、精子が欲しいという考えになっていました。
「精子提供してくれない?」がきっかけで出会った今のパートナー
──それでは、実際に精子の提供者を探したのでしょうか?
実際に体外受精をするには、基本的に配偶者の精子でなければならない(※3)のですが、当時はそれを知りませんでした。そういった条件はさておき、どんな人の子がいいかを考えていると、思い浮かぶ人がいました。
長い付き合いの友人で、色々なやりとりから頭の良さを感じさせる人。いつも発言がユニークで、「どうしたらそんな考え方になるのだろう」と感心している人でした。普通なら、その思いを心にしまっておくのかもしれませんが、私は思い切ってその人に「精子提供してくれない?」と言ってみました。
※3 日本では、第三者からの精子提供による体外受精の実施は受け入れ可能な医療機関が限られ、取り扱い・手続き・同意・子の法的親子関係などに関する取り決めが必要です。知人・友人等の“私的な提供”による治療に医療機関が応じることは通常できません。治療を検討する場合は、必ず医療機関で制度・手続・カウンセリングを確認してください。
── 相手の反応は?
すごく驚いていましたが、拒絶もされませんでした。その後、その突拍子もない申し出を本当によく考えてくれて「佐藤さんのことをよく知っているし、いまさら新しく知る面はないと思う。だから信頼できるし、何よりこんなことを言ってくれる人は後にも先にもいないと思うから」と「提供してもいいよ」と言ってくれました。
しかし、友人は私よりも「精子を提供すること」について深く考えてくれたようです。子どもをつくるならば、自分はどうその子どもと関われるのか。子育てに参加することはできるのか......。
彼が出した結論は「結婚しよう」でした。せっかく子どもをつくるなら、父親として子育てをしたい、家庭を築きたいと考えてくれたのです。
──佐藤さんはそれをどのように受け止めましたか?
最初は面食らいましたが、そのうちに彼がそこまで考えてくれたことから、信頼や愛情が芽生えてきました。そして、その人と結婚することにしました。卵子凍結をしてから数ヶ月後のことです。
「そんなことある!?」。10個採卵してもひとつも使えなかった卵子

──結婚してから、赤ちゃんができるまでのことを教えてください。
結婚してすぐは、タイミング法を1年ほど行っていました。なかなか赤ちゃんができないので体外受精に踏み切ることになり、凍結していた卵子を使うことにしました。
──凍結していた卵子は、成熟卵が9個でしたね。
そのうち、融解して受精できる状態にできたのは7個でした。顕微授精を行い、受精卵になったのは5個でした。まずは、そのうち1つを初期胚移植し、残りの4個を胚盤胞に培養してもらうことにしました。
──結果はいかがでしたか?
まず、初期胚移植したものは着床しませんでした。そして、残り4個の受精卵は胚盤胞にならなかったのです。そのため、卵子凍結をした時の卵子はひとつも残りませんでした。
──このとき、どのようなお気持ちでしたか。
「そんなことある!?」と驚きました。採卵をした時「10個くらいあれば、なんとかなるでしょう」と思い、そのまま「9個凍結できているから大丈夫」と思っていたので、とてもショックでした。かけたお金が一気に吹き飛ぶような感じがして、本当にショックでした。当たり前のことですが、この時「受精卵になるだけじゃだめなんだ」と実感させられました。(※4)
※4卵子は妊娠が成立するまでに、凍結→融解→受精(多くは顕微授精)→胚盤胞までの培養→子宮内移植という複数ステップを経ます。各段階で一定の割合が脱落するため、採れた卵子の数がそのまま出産数に直結するわけではありません。年齢が上がるほど、この“脱落率”は高まる傾向があります。なお、年齢と必要な成熟卵(MII)数の関係を推定したモデルでは、35歳で“1児の出産”の高い確率(例:80–85%)を狙うには概ね 20–25個の成熟卵が必要という推計が紹介されています。
──その後は、どのように治療を?
採卵と胚盤胞移植を2年ほど繰り返し行い、妊娠・出産に至りました。その間に人工授精なども行いましたが、妊娠・出産に至ったのは胚盤胞移植でした。
いざ赤ちゃんを妊娠してからは、妊娠を継続するのに必死でもう卵子凍結のことを思い返すこともありませんでした。
──卵子凍結のことを振り返ってみて、今感じることはありますか?
それまで子どもを持ちたいかどうかもわからなかった私が、赤ちゃんが欲しいと思うきっかけになったのが卵子凍結でした。今思えば、確実に妊娠できると思われる個数をちゃんと聞いて採卵しておけばよかったとか、予算をきちんと確認できたはずとか、小さな後悔はありますが、卵子凍結をやってよかったなと思います。
「子どもは絶対にいらない」と思っている人は、卵子凍結の必要はないと思います。しかし、現代の女性の中には「子どもが欲しいかどうかがわからない」という過去の私のような方がいるのではないでしょうか。
卵子凍結をしても、最終的にその卵子を使わなくてもいい。けれど、やるならば早くやったほうがいい。私はその後の不妊治療もあわせて30代後半の数年間採卵をしましたが、1年違うだけで採卵できる数がどんどん減っていきました。今は助成金などもありますから、未来の自分の取れるアクションを増やす手段として活用してほしいなと思います。私は、やった価値があったなと思います。





