不妊治療をはじめる時、ほとんどがその“初心者”です。パートナーと二人で、あるいはたった一人でこの難しいはじめての経験に向き合っていると、クリニックでの治療でもなく、友達からの励ましでもなく「私の場合はこうだった」「前にこれを知っていることができたら」という経験者のリアルなアドバイスが欲しい瞬間があるはずです。名前は仮名、顔も明かさないからこそ話せる、一足先に不妊治療をした方からのタイムカプセルのような経験談。全てが当てはまらなくても、不妊治療をはじめる前、あるいは真っ只中のひとつのガイドに役立ててください。
vol.2でご登場いただくのは、31歳から32歳まで不妊治療を行い、その治療によって女の子を妊娠 ・出産したBさん。新卒以来、仕事を続けてきたはつらつとした女性です。前編では、タイミング法から始めた不妊治療への取り組み、パートナーを巻き込む上での工夫、そして人工授精にステップアップするまでについて聞きます。
「なるべく自然な形で妊娠したい」と、タイミング法から不妊治療を開始
「いつか子どもが欲しいな」と漠然と思っていたというBさん。自分の母親が安産だったこともあり、子どもをつくることや、産むことに大変なイメージがなかったと言います。お付き合いしていたパートナーと結婚したのは31歳の頃。
「結婚したらすぐに赤ちゃんができるんだろうなと思っていました。結婚した時期がちょうどコロナ禍と重なっていたこともあり、バリバリやっていた仕事が少し落ち着いたことをいいきっかけにして、自然に妊活を始めました。ところが、半年ほど経っても妊娠できなくて。当時私は31歳。私の中ではまず私自身のブライダルチェックをして、不妊治療専門のクリニックに通い始めました。学生時代から生理痛が重くクリニックにかかっていたこともあり、あまり抵抗感なく不妊治療をはじめることができました」
仕事は「落ち着いた」と話すBさんですが、この頃副業も始めており、仕事と両立する形で不妊治療を行っていました。
「クリニックに通い始めたばかりの頃は、毎回1万円から3万円程度のお金がかかりました。小さな出費ではありませんが、仕事をしていたことで問題なくお金を払うことができたので、仕事をしていて良かったなと思います」
不妊治療のスタートをタイミング法から始めたのには、Bさんの当時抱いていたこだわりがありました。
「心の中で、どこか『なるべく自然な形で妊娠したい』という気持ちがありました。もしかしたら『できるはず』という期待のようなものだったかもしれません。そのため、私たちの不妊治療はタイミング法、人工授精、体外受精と治療をステップアップしていく形で行いました。一方で、友人の中には最初から体外受精を行いすぐに妊娠に至った人もいました。今考えれば、『自然な形で』というこだわりを持たなくても良かったなと思います。けれど、当時の私たちの気持ちを考えてみると、これが私たちのやり方だったのかな、とも感じます」
★仕事をしていたことで、費用の心配をせずに不妊治療を始められたので、仕事を続けていてよかった。
★「自然な形で妊娠したい」というこだわりから、タイミング法から不妊治療を始め、人工授精、体外受精と治療をステップアップしていく形をとったが、そのこだわりは持たなくてもよかった。
パートナーも不妊治療の一員。そう思ってもらうためにやったこと

不妊治療を行うにあたり、「できる検査はすべてやった」というBさん。実施した検査で、Bさん自身の子宮や卵管の状態やホルモンの検査、パートナーの精子の状態は問題ないことがわかりました。そこでタイミング法を半年間続けたBさん。しかし、妊娠には至りませんでした。
「全ての検査が問題なければ、すぐに妊娠できると思ってしまいますよね。当時の私にとっては、それが辛かったです。心の中では『(検査した)どれかの項目に問題があればいいのに。そうすれば妊娠しない原因がわかって、自分が何をすればいいかわかるのに』と思っていました。
医師のアドバイスで、タイミング法を試す期間はあらかじめ半年程度を勧められていたこともあり、Bさんは治療を人工授精に切り替えることに。ここで、Bさんが考えたのは「パートナーをどう巻き込むか」ということ。治療が人工授精になれば、パートナーの精子を持っていくなどの協力が必要になるからです。また、治療費が上がることもその理由のひとつでした。
「タイミング法で不妊治療を行っていた頃は、どちらかというと私が主導で不妊治療を行っていました。病院行きたいと言ったのも私でしたし、費用も私のクレジットカードで払っていましたから。人工授精に進むタイミングでパートナーの巻き込みを意識するようになりました。
人工授精を行うたびに、クリニックの方が結果と一緒に精子の運動率や子宮の状態を説明してくれます。それを私が持ち帰り、『今日は精子が元気だったよね』とポジティブに話すことで、パートナーを不妊治療の一員であると思ってもらう工夫をしました。治療自体に興味を持ってもらうために考えた作戦でした。
それが功を奏して、パートナーがだんだん治療に興味を持ってくれるように。パートナーと医師の相性があまり良くなかったクリニックを変えることができたり、治療費を折半する形にすることを決めたりすることができました。人工授精からは、一度の治療の費用が高額になるのでこのタイミングでそれを決めておいて良かったです」
パートナーに積極的に治療に参加してもらうために、Bさんの細やかな気遣いをした場面も。

「パートナーの精子の検査をクリニックで行う前に、簡易なキットをインターネットで注文して、自宅で精子の状態を調べました。医学的な結果を期待したのではなく、検査そのものの心のハードルを下げることが目的でした。『このキットで調べても問題なさそうだから、大丈夫だと思うよ』と安心して病院での不妊治療に必要な検査を受けてもらえるようにしました」
★人工授精に進むタイミングでパートナーの巻き込みを意識。検査のハードルを下げたり、治療内容をポジティブに報告することで、不妊治療に積極的になってもらえて良かった。
★人工授精から不妊治療の費用を折半することに。費用が高額になるタイミングで話をしておいて良かった。
仕事が不妊治療中の落ち込みがちな心の支えになった
治療を人工授精に切り替えたBさん。だんだんと「いつ妊娠できるのだろう」という気持ちが強くなっていきました。この時Bさんの心の支えになったのは、仕事だったといいます。
「クリニックには、仕事の合間を縫って通っていました。待合室で周りに配慮しながらパソコンを使うことも。はたから見ると大変そうかもしれませんが、私にはこれが心の支えになりました。仕事をすることで気が紛れましたし、『妊娠しなかったらどうしよう』と暗い気持ちになりそうになっても、『私には仕事もあるから』と思えたのです」
人工授精は、子宮腔の入り口付近までカテーテルを挿入する方法で行いました。同様の方法で2回人工授精を行いましたが妊娠に至らなかったため、さらに実績の良いクリニックに転院することを決意。クリニックの転院の間に、前のクリニックで指摘された子宮内のポリープを除去する手術を受けました。
「ポリープを指摘されたクリニックと、ポリープ除去の手術を受けた病院は別の場所でした。病院に行ってみると『取らなくてもいいのではないか』と言われましたが、当時の私は妊娠するためにできることはすべてやりたいと思っていました。手術は日帰りで行うものでしたが、全身麻酔をしたためお手洗いに行けなかったり、その日はふらふらしたりと決して簡単なものではありませんでした。また、この治療は保険適応外のため(※)費用も高額でした。そういう意味で、私にとっては大きな手術でしたが、万全を期したと思えただけでやってよかったなと思います」
手術を終えたBさん。次のクリニックでは、人工授精から治療を再開しました。
「新しいクリニックでも結局人工授精では妊娠に至ることはできませんでしたが、この時に精子の運動率や妊娠に至るまでの過程を詳細に説明してもらったことで、不妊治療が『自然ではない』という思い込みがだんだんなくなっていきました」
※内膜ポリープの手術は、基本的に保険適応になることが多いため、実際に治療が必要な場合はかかりつけの医師に相談してください。
★妊娠できるかどうかが不安な時に、仕事をあることが心の支えになった。仕事をしていて良かった。
★子宮内のポリープを取る手術は高額だったが、(妊娠のために)万全を期すことができたと思えたのでやって良かった。
より自然に近い形で妊娠したいと考え、タイミング法から不妊治療を始めたBさん。治療とその内容のフィードバックを受けながら、不妊治療への考え方も少しずつ変わっていったようです。後編では、この後クリニックをもう一度変更し、体外受精に踏み切ってから妊娠に至るまでのお話を聞きます。
取材・文:出川 光





